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July 2005の16件の記事

July 31, 2005

40周年だヨ!全員集合

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を見に、昨日、名古屋三越に行ってきました。(実は2回目)

 会場はドリフの映画のパネル・パンフ、コントの小道具などが飾られていたのですが、その中にあったのがいかりやさんの私物のベースと、高木さん・仲本さんのギター。思わず見とれてしまいました。

 そして一番私の目を引いたのが、ビートルズの前座としてステージしている映像(しかもカラー)。音があまり鮮明でなかったので聞き取りにくかったのですが、演奏のたびに何度かコケて、終わったところでカトチャが「バカみたい」と言って、いかりやが「逃げろ」と言って全員走り去っていくという・・・。フリが解らないのでいまいち何なのか意味不明でした。

 あとはドリフの映像、「全員集合」はもちろん、「ドリフ大爆笑」とか、「ゴー・ウエスト」とか。ああ懐かしい。

 


July 30, 2005

どう描くかの方が余程大切だと

 なんか話題になっている「マンガ嫌韓流」。
今日、本屋でパラパラと見てみたのですが・・・。

 つい先程、以前に録画しておいた「爆笑問題のススメ」鴻上尚史編を見ていました。(こういう時ってHDDレコーダーって便利ですね・・・それはともかく)
 
 

日本人はいいことを言えば伝わると思ってるけれども、良いことも「良い言い方」をしなけりゃ伝わらないわけで、卒業式とかで教育委員会から来た偉い人とかが、下向いて中国のことわざの良い話を多分するんだけど、声は単調だし顔は無表情だし感情は平板だから、結局みんな退屈して伝わらないわけですよ。

 結婚式のスピーチ集でも、内容のことについてはみんないっぱいかいてあるわけですよ。(中略)内容がどんなに立派でも表現をしないと伝わらないんだということに対して、まだどっか日本人は「良い内容さえ言っていればかなり朴訥な言い方でも伝わるんじゃないか」と信じてるところがまだあってね。それはちょっと違うぞというところで。

 図書館で購入するかどうか見定めするために、書店が持ち込んできた本を読んでいるとき、よくこういう勘違いをした本にめぐりあう。書いてあることさえ立派ならいい。それさえ良ければ装丁とか、文字の組み方とか、そんなものは瑣末なことである、そう思っているとしか思えない本にめぐりあう。ただ読み手としては、そんな本は「ああ、やっつけで作ったのかな」としか思えない。作り手が情熱をもって作った本は「読ませよう」という配慮にあふれている。そんな本は装丁や文字の組み方、その他あらゆる部分に配慮が行き届いているのである。

 同じようなことは京極夏彦氏も同番組で言ってますね。

 で、話は「嫌韓流」に戻るのですが・・・要するに私の感想はひとこと。「マンガ下手すぎ

 おそらく作者はいろんな事を伝えたくてこの作品を描いたかもしれないけど、ヘタすぎて受け取る気にもならない。コミケの作家のほうがはるかに上手いぞ。しかし、よくこんなレベルで単行本出せたもんだ。以上。内容?知りません。

July 28, 2005

さっきまでV6の

アルバムを聞いていました。私のようなモテない人間にとってジャニーズはデフォルトで敵なのですが(笑)、それはそれとして最近、「ジャニーズの曲って結構、ポップスとしていい曲が多いよね」ということに気がつきました。いまさらですが。

以前TOKIOが以前のジャニーズの曲をカバーしたアルバムを出しているのですが、これが結構いい感じなのです。「ブルドッグ」とか「抱きしめてトゥナイト」とか。

偏見持つといい物も見失うという例ですね。いや、だからって今、嵐やNEWSをすぐ聞こうとはあまり思わないのですが(笑)・・・やっぱり懐古趣味?


爆笑問題のススメの京極さんの回が、野球で遅れているのに気づきませんでした。おかげでラストの部分と太田さんのあとがきが見られませんでした。ドンへこみ状態です。せっかくHDDレコーダを導入したのに、延長の設定するのを忘れていました。はあ・・・。前回の記事は書くつもりではいますが。

July 27, 2005

渋谷ではたらく社長の告白

 「渋谷ではたらく社長の告白」(藤田晋/アメーバブックス)をぱらぱらと読む。
まあ、起業家によくありがちな自画自賛の半生を描くという感じで、あまりノレなかったのだが、今読んで「うわあ・・・」って思うのは、結婚のくだりとか、仲むつまじい夫婦の風景とか。まさか結婚1年で離婚するとは本人も思わなかっただろうなあ。

 まあ、芸能レポータじゃないので、下劣な詮索はしませんけど。

 あと、小森まなみ「Ride on Wave」購入。一番好きな曲は「君に逢えてボクはボクになる」です。

んじゃ。

July 22, 2005

爆笑問題のススメ・京極夏彦

 7/20の「爆笑問題のススメ」のゲストは京極夏彦氏。題して「通俗娯楽のススメ」。

「小説って字しかないんですよ。字が並んでるだけじゃないですか。そこから何を読み取るかっていうのは読者ひとりひとりのイメージ」「読み取ったものがその人にとっての真実」
「100万人の意見のすり合わせはできない」「原作と違うのは当たり前」

 映画「姑獲鳥の夏」の話から、原作者として意見を言ったかという質問からの話。自分は小説家だから小説は書けるけど、映画を作るのは映像作家だからとして、何も意見をいわないという態度。そして小説を映画化することで出てくる不満に対する分析。まあでも、このほかに「映像作家側の力不足」「上の方の口出し」なんてのも(笑)

「専門的な知識がなくても受け入れられるものっていうのが通俗」「通俗娯楽っていうのは面白いもの、みんなが面白がれるもの」「通俗娯楽っていうのはプレゼンテーションで決定する。それが一体どんな意味を持つのか、どんなものなのかという本質的なものではなくて、どういう風に一般に向けて発信されているのか。プレゼンテーションのところがいかに重要か。そこさえクリアしていればどんなものでも通俗娯楽たりうるわけですよ。

僕が小説を通俗娯楽として書いているのは、たとえばテーマ性だとか作者の主張とか、そういう重たいもの、それっていくら僕が思ってても受け取る側にはまったく通じないですよ。受け取る側は受け取る側で勝手に自分の中で物語を作り上げて受け取るわけじゃないですか。それはプレゼンテーションにかかってるだけ。

僕はテーマ性みたいなものは要らない。ストーリーだって要らないんじゃないかというところも実は考えていて。

何が大事かって言うと、100万人読者がいるとしたら、100万人が100万通りの受け取り方が書かれなきゃいけない。それこそが僕にとってのいい小説。そうすると、具体的なイメージを思い浮かべながらものを書いちゃダメなんですよ。僕がこうだと思うものを文章にしたらそれは説明。読んだ人が僕が思い浮かべたものを思い浮かべたらイメージが固定してしまう。だから僕はキャラクターにしても情景にしても思い浮かべないように努力して書く。文章の文字の連なりだけを考える。(中略)ストーリーは二の次なんです。それで読んだ人がそこから思い浮かべてくれるそのひとだけの物語ができるほうが、すぐれた小説なんだろうと。

思いの丈なんてものはいくらぶつけたって伝わらない。でもそれを練った文章にして何日も暖めておくと相手に伝わりやすくなる。つまりプレゼンテーションなんですよ。だからきっとテクニックだけなんですよ小説って。

 今回のテーマ、通俗娯楽から自らの小説に対する考え方に。
京極氏は、書き手・伝え手のことよりも受け手の事を考えているのだろう。「何を書くか」よりも「どう書くか」を重要視しているのだろう。そこで私が思い浮かべたのは児童文学のことである。児童文学者の中には、「これを伝えたい」という思いにあふれ、それゆえに押し付けがましくなってたり、何が何だかわからなくなっているものが結構ある。(何がとは言わないけど)また、評価する側も「社会的なことをテーマにしているから素晴らしい」なんて評価をしてしまうことがある。社会的なテーマを扱ったほうがレベルが上の作品としてしまうことがある。(これは児童文学に限らず、ノンフィクションとかミステリとかでも同じなんだけど)

 でも、そんな思いなんか読み手には何の関係もないのである。どんなに思いをこめようが、どんなに崇高なテーマを据えようが、「どう描くか」という視点が欠落した作品はおそらくほとんど駄作になっている。読み手の想像力を喚起し、練りこんだ作品が優れた作品になるというのはある種当然なのだと思う。「プレゼンテーション」なんて言葉を使うから、何か広告代理店のようなアヤシさが思い起こされてしまうかもしれないけど。

 でも、そんな「100通りの受け取り方」を許さないのが読書感想文だよね。

一番難しいのは怖がらせること。怖がらせる要素って言うのは生理的嫌悪とかびっくりさせるとかいろいろあるけど、どれも娯楽に結びつけるのは難しい。それをやったのが怪談。読ませて怖がらせてああ面白かったと思わせるのは難易度が相当高い。だからそれをクリアした作品というのは泣きも笑いもオッケーな人でないと書けない。

最高の通俗娯楽とは何かという話から。この話を聞いて思い出すのは楳図かずお先生ですね。

怪談って、どうしようもない話でも怖く話す人っているんですよ。これもプレゼンテーションの問題で。

また来月、「こわいおはなし会」というのがあって、こわい話のストーリーテリングをしなければならないのですが、本当にどうすりゃ怖がってもらえるのでしょうか。

通俗娯楽が世に氾濫するというのは平和なことですから。

ですよね。小説にしても、マンガにしても、映画にしても、音楽にしても。社会派なテーマがなくとも、「ただ面白い作品」が作られ続ける事を望みます。なんかね、なんとなく危うい風潮になりかけているものですから。

京極先生は来週もゲストです。

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この記事で、ブログをはじめて100個目の記事になります。(まあ、その中には数行のものもありますが)ただ、後から書くことを考えてる記事(東北旅行とか)もあるので、あとから見たら100個にならないと思うけど。良く続いたものです。拙い文章ですが、これからもよろしくお願いします。

武装解除の野原・2

前の続きです。同様に引用しながら。

「そういう激しい人生の波に、対応できなかったんです。」

 女の子と話した通算時間10分という暗黒の高校生時代、二浪して入った三流私大で留年した不安な日々から、いきなり人気が出たことによる環境の激変とロックビジネスの現実に触れたオーケンは、それに対応できず心に闇を抱える。そしてタイでマジックマッシュルームを食べた(オムレツに入っていたらしい)ことをきっかけにPTSDとなる。
 
 ロックビジネスの現実については、オーケンは色々な形でエッセイとかに書き残している。特に「のほほん日記ソリッド」では、おそらくPTSD真っ只中だったのだろう、今現在のエッセイに比べて悩み苦しんでいる様子が伺える。

 私が思い出すのは「BSマンガ夜話」の「編集王」の回でのオーケンの大熱弁である。売れる本を作ろうとする編集者といい作品を作ろうとする作家の葛藤を自分になぞらえて「商業主義と作家性の対立」などについて熱く語るオーケン。今にして思えば、まだこの頃は病に苦しんでいたのだなあ。筋少の脱退とも重なるし。

「人間万事塞翁がネタ!! なんでも辛いことはネタにしようと思って・・・」

 こんな辛い状況でも、自分を突き放して「せっかくだからネタにしないと」と考えるオーケン。「辛い時の処世術っていうか・・・「トホホな目にあっている自分を観察すると、笑えるっていう」のでなんとかやり過ごしてましたね・・・」ひょっとしたらこのあたり、前回に出てきた「映画を見ることで自分に辛いことがあったとき心が壊れないようにバリアを作る」とか、それに対して私が出した北村薫の言がつながってくるのかなと思う。つまり世には色々な人生があり、色々なルートや色々な視点がある、ということを学んでいたのではないかなー、と。こういう視点があれば世の中をもっと広く見られるだろうし、自殺することも少なくなるだろうなと。

「結局、人間っていうのは生きていくと、不安や葛藤があるのは当たり前で・・・それで苦しむのは当たり前だ、と!!仕方ないんだ、と!!」「仕方ないものはもう、あるがままにしておいて・・・その中で自分がやりたいことをやるのが人間としていいんだ!!・・・と。」「でも男子たるものヤングのうちは一度はロックでミリオン売って、ドーム満杯にしてやる!!みたいな挑戦はしてみてもいいと思うよね。それで結果はどっちでもいいじゃない。本宮ひろ志的な人は、それでずっと行けばいいし・・・水木しげる的な価値観の人もいるわけですしね・・・。」

 特に最初の一文は何か、わが意を得たりという感じで読みました。何か最近、大して考えずに安易な紋切り型の答えを求めたがる風潮があるような気がして。(石原慎太郎好きとかそういう感じ)不安や葛藤や不条理をかぶり続け、ある境地に達した、ほんとうに強い人間を見たような気がしました。ああ、オーケンはここにたどりついたんだなあ。

「オーケンのメイクは年ごとに地味になっていき・・・それは世界に対する武装解除だったのだと思う・・・」「そして・・・俺と出会った日の大槻ケンヂは、何一つメイクをしてはいなかった・・・」

最後の一文はオーケンではなく、作者のモノローグ。本当に強い人間は、虚勢張らないよね。うん。

いやー、長くなった(笑)。

July 20, 2005

武装解除の野原・1

 愛読しているヤングサンデー連載「絶望に効く薬」、先々週・先週の対談相手は大槻ケンヂさんでした。

 大学の先輩に教えてもらった筋肉少女帯を聴き、「元祖高木ブー伝説」の、一見ギャグに聞こえるフレーズの裏側に隠された悲しみに共感した山田玲司(作者)は、彼に嫉妬しかつ愛聴し、どこかで見続けていた。そしてオーケンの最新作「ロッキンホース・バレリーナ」を読み、彼の到達点を知る。そして会いに行く。

 以下、マンガ内での台詞から。

(オーツキさんに人格を形成されたと言われることが多いということに触れ)「こりゃあもう一人につき1万円ずつ振り込ませてもいいんじゃないかと」
(自分にもそういう人がおり、オーケン自身は一万円振り込んでないと自分で気づいたあと)「いや!!心の1万円は毎日振り込んでます!!」

自分が心の1万円を振り込んでいる相手・・・オーケン、伊集院光、小森まなみ、さだまさし・・・他、色々。

「僕、思うんですけどね・・・今の性犯罪って・・・つまり、「もてないこと」が理由なわけですよね・・・「もてない」ってことは、周りから見れば何それ?って話ですけど・・・本人にとっては、「宇宙の果て」より大きな問題なんですよ!!」

その通りだと思います。もてないことが原因で自分の存在意義を全否定することも充分ありえます。ただ女性の「もてない」問題は結構雑誌や本なんかでも救いの手が差し伸べられてますけど、男の「もてない」問題はほとんどといっていいほどありません。根性論に終始してますね。某ハードボイルド作家の「ソープに行け」とか。そんな問題じゃないんですよ。

「もてないやつは、ロックをやれ!!」

前項と重なりますが、もてない人間が起こす性犯罪の原因として、(もちろん性欲もあるでしょうが)自尊心の破滅があると思います。もてないことで、自分が女性に相手にされない、女性と対等に向きあえない、向き合う資格のない、女性と付き合う資格のない人間だという、積もり積もった思考がゆがんだ手段に向かわせてしまうということは、大いにあるのではと思っています。だから性犯罪防止でエロを取り締まったってダメだと私は思っています。(むしろ普通にあるほうが性欲発散という意味では効果アリだと)この「もてないやつはロックをやれ」は、大槻氏が経験した自尊心回復の手段だったのだと思います。実際大槻氏はまったく女の子に相手にされなかった学生時代から、ロックで売れたことでヤリヤリになったそうです。ただこれが氏を後に苦しめることにもなるのですが。

(高校生時代に映画を、特に暗い映画を見まくっていたことについて)「ああ・・・こんなに人生って辛いもんなんだって思うと・・・もし自分に不幸があったときに、心が壊れないで済むっていうバリアを張ってたんだと思いますけどね・・・」

 北村薫氏の「小説を読むことは、ひとつの人生しか生きられないことへの復讐である」(たしかこんな内容)を思い出しました。ひとりひとり、それぞれの環境で、それぞれのドラマの主人公として、それぞれの人生を生きている。そして、そんな色々な人生を垣間見ることで、自分の人生の糧とすることがあるのではないか、そう感じます。

(内田雄一郎(幼馴染・筋少のベーシスト)について)「ガンダムは俺から内田を奪ったからキライだもん」

ははははははは。なんか可愛い。オーケンと内田さんは、筋少末期から特撮にかけてあった色々なことで気まずくなってたみたいなんですが、最近はどうやら和解したみたいだし、こういう発言が聞けて一安心。

「僕なんかロックがなかったら、今でもドーテーのままですよ」

・・・・・・。

思いのほか長くなってしまいました。後半は明日にでも。

July 19, 2005

そんな毎日

050719-2151とらのあなにて、コミケカタログを購入。購入するときにレジで特典があるのでどちらか選んで欲しいとのこと。で、選んだのがこれ。↓

050719-2153もう一方も似たようなもの。えーとこれって何かの恥辱プレイですか(違う)。

050719215300「そんな毎日」(おーはしるい/竹書房)
作者の飼い猫・ポパイと作者一家の日常を描いた作品。要するに猫メロメロマンガ。たしか最初に雑誌で読んだときのエピソードから「ポパイ(猫の名前)は抱かれるのが嫌い」というのが刷り込まれたのだが、通して読んでみると実はそうではなくて、自分からさわりに行くのは好きなのね。あと、結構かまってほしい屋さん。猫好きってこういうところにメロっと来るのかななんて思っちゃいました。

ここんとこ更新ペースが落ちてるのは、要するにパソのある部屋にエアコンがないから。暑いんだもん。

July 17, 2005

なぜこの時期に?

 いつものようにパソを立ち上げ、トップのニフのページを見た瞬間びっくりしました。岡村靖幸逮捕。→共同通信の記事

 記事によれば、4月上旬に挙動が不審だったため職務質問を受け、その際に渋谷署で行われた薬物検査で陽性反応が出たため5月20日に逮捕、現在は起訴されているという。

 まあ、素直にショックといえばショックですが、中島らもさんの大麻同様、まあキャラクターとしてなるほどなあという気はしました。(中身は繊細そうなので)そういう意味で一番ショックだったのはマッキーだったんですけど。まあ、こういう関係であまり責める感情は起きません。(起きる前に芸能レポーターあたりのヒステリックな正義屋ぶりの方に腹が立つというのはあるんですが)反省してまた復活してください。で、いい音楽作ってくださいと。甘い?かもね。

 ただ不思議なのは5月20日に逮捕されて、なんで今報道されてるの?薬物検査って1ヶ月もかかるものなの?ということ。はて。


July 15, 2005

芥川賞・直木賞決まる

 タイトルにもあります通り、今年下半期の芥川賞・直木賞が決定しました。→毎日新聞の記事

 まあ、どちらも読んだことないのですが、中村さんは愛知県の東海市在住ということで、少し親近感があります。朱川さんに関しては・・・今回候補の7人の中では、一番選考委員好みかなあという気はします。個人的には森絵都さんか恩田陸さんにとって欲しかったのですが。

 選考委員の選評は「オール読物」に掲載されるはず。今度はどんなスットンキョウな、いかにも「てめえ読んでねえだろ」的なコメントを読ませてくれるのでしょうか。(誰とはいいませんが)

 参考までに、「直木賞」で検索すると、文藝春秋の公式ページよりも上に来る、そして情報が盛りだくさんの「直木賞のすべて」。

July 10, 2005

BookBaton

 ということで、「一斗茶太的日常」さんからバトンを譲っていただいた「BookBaton」、回答は以下のとおりとなりました。

1 持っている本の冊数
…数え切れません。本・雑誌・マンガetc…1000冊は間違いなく下らないと思います。少し前にあったアパートの床が抜けるというニュース、シャレになりませんもの。いい加減処分しようとは思うんですけどね。

2 今読みかけの本 or 読もうと思っている本
shissounikki
「失踪日記」(吾妻ひでお/イーストプレス)
ネットではすでに大評判になっている、70-80年代にかけてマニア人気を博した漫画家の失踪・ホームレス生活・アル中生活・精神病院生活などを綴った本。でもギャグマンガ。だからすらっと読める、けど内容は重い。
この人の本は(というかマンガは)リアルタイムで見ていたのは「ななこSOS」くらい(ってもアニメだけど)「不条理日記」とか「なんだこりゃ」と思いながら読んだのを覚えている。あと、いしかわじゅん氏との抗争とか。


3 最後に買った本(既読、未読問わず)
denpaotoko
「電波男」(本田透/三才ブックス)
「負け犬」(by酒井順子)にすら相手にされず、くらたまに「だめんずより下」と見下される。それは「キモオタ」(何の略称かは書かないぞいちいち)。そんなキモオタとして生まれた著書のオタ生活凱歌。一流のオタク文化論にもなっている。…詳しい感想はまたいずれ。

4 特別な思い入れのある本、心に残っている本5冊(まで)
「聖の青春」(大崎善生/講談社)
29歳で夭折した天才将棋棋士・村山聖(むらやま・さとし)の生涯を綴った本。作者は元「将棋世界」編集長。現在は人気作家となった氏のデビュー作。最初に一読したとき、涙がとまらなかったのを覚えている。この人の著書は、二作目の「将棋の子」もいい。勝負の世界の厳しさ・残酷さと、そこに生きる人々のいろんな思いが見えてくる。本当はこの人にはもっと将棋のことを書いて欲しいのだが。恋愛だけじゃなくて。

「鴻上夕日堂の逆上」(鴻上尚史/朝日新聞社)
たしか高校生の時に読んだ。この人からは結構ものの見方とか文体とかを学んだ気がする。(文章におけるひとりボケひとりツッコミとか)一度この人の演劇を見に行きたいのだが、何しろ私は演劇にアレルギーがあるからなあ。

「近代女性史」(宮城道子/現代書館)
実はこの本、題名がこれで間違いないか定かでありません(笑)ただアマゾンとかで調べた限りでは、発行年度から見て間違いないと思うのだが。内容は題名の通り。私の女性に対する考え方は、この本で8割がた決定された気がする。今は多分品薄か絶版で入手困難。

「十角館の殺人」(綾辻行人/講談社)
小説から。いわゆる「新本格」の嚆矢となった作品。この本で「本格ミステリ」というものを好きになった。ラスト近くの一行でそれまで思い描いていたものすべてが壊される。そして真相が明らかになる。この本で私は「だまされることの快感」(あくまで小説において)を知ったのである。

「どんまい魂」(小森眞奈美/主婦の友社)
私の敬愛するこの人の本。この人のラジオを聴くようになってもう20年。いろんなものを乗り越えてここまでたどり着いたことに深い尊敬を覚えずにはいられない。私にとっての「絶望に効く薬」はこの人です。(なお、アンチの人へ。あんたらが陰口で言ってることはすべて知ってる上でリスナーやってるので、いまさらイメージ壊れることなんてありませんし、何やってもムダですよん。)

5 次にまわす人5人まで
まわす予定はありません。というか思いつきません。もし、まわして欲しいという方がいらっしゃいましたら、ご連絡ください。

でもねえ、心に残る5冊なんて、6位以下に何十冊とありますから。おそらく一週間後にやったら2冊くらいは変わってたりして(その時の気分で)。

July 08, 2005

ブックトークで

N村区の諏訪小学校へ行ってきました。

 私が前に勤めていたN村図書館のヘルプでして、勤務していた時以来実に3年半ぶりに訪れます。地下鉄のN村公園駅に降りたところから懐かしさ大爆発。でも、やはり3年半。所々変化している。ベスト電器はつぶれて(このことは小説家の太田忠司さんのブログで知っていたのだが)夏に三洋堂書店になったり、通っていたうどん屋はつぶれていたり、参道にセブンイレブンがあったり。

 図書館に入る。建物は基本的には変わっていない。ただ前より雑然としている気が。係長さんや現在の職員に挨拶。(そういえば、私のここの図書館勤めラスト1年くらいから、ゲロを口の中でクチャクチャやるかのように(汚いたとえで申し訳ない)知能指数2くらいの下劣な鳴き声を出す豚が図書館の周辺をうろついている。今日もそいつの鳴き声が聞こえた。不愉快極まりないが、まあ日本語が理解できない知能の持ち主なので(豚だし)仮に視界に入っても存在しないものとする方針に変わりはない)その後歩いて目的地のS訪小学校へ。

 会場はプレイルーム。多分もともとは教室。さほど広くないので声は届くはず。時計がないので腕時計を見ながら話をすることにする。始まるまではストーリーテリングの最終練習。今日のお相手のM谷さんも絵本を練習している。

 今日のテーマは「ともだち」。私がやったのは以下のとおり。
「象とフクロウ」アジアの昔話6・福音館書店より  ストーリーテリング
「穴」ルイス・サッカー  紹介
「チョコレート・アンダーグラウンド」アレックス・シアラー  紹介
「はせがわくんきらいや」長谷川集平  読み聞かせ

時間内にもおさまり、反応もそこそこ良い。なんとか無事終了というところ。
・・・さて、次は再来週に、今度はうちの図書館のお話会で、またストーリーテリングをやる。ところが、まだ何をやるかすら決めてない・・・どうしよ。

July 07, 2005

爆笑問題のススメ・渡辺淳一

 今日の「爆笑問題のススメ」ゲストは渡辺淳一。番組最後の交渉中ゲストのところで何年もそのままなので、いつまで載せてるんだと思っていたが、どうやら爆笑問題のふたりもそう思っていたようだ。

 まあ、渡辺氏の武勇伝とかは結構面白かったんですけどね。(女の部屋におしかけて、ドアチェーンを糸ノコで切ろうとして警察にしょっぴかれたとか)恋愛中心の話はやはり私にはどうでもよく。

「恋愛っていうのはもう、気がついた時には始まってるものだから」(太田さんの言葉)


 さて、私が愛読している「一斗茶太的日常」から、「BookBaton」を頂きました。(というかこちらから頼んでしまいました)ここ最近ブログではやっている「MusicalBaton」の書籍版でして。8日のブックトークが終わったら書いてみようと思います。

散々な一日

 図書館という場所が、誰でも入ることができる場所である以上、変な人間が入ってくるリスクも当然生じるわけでして。(だから児童室に子どもを置いて別の場所に行ってしまうお母さん、やめてください)今日、夕方から閉館までカウンタについているとき変な奴がいまして。

 まあ、何でモメたかはアホらしいので書きませんが。それに加えて口論になってたら他の利用者の人にこちらが注意されまして。(その口調は不愉快だと)まあ、その方を含めて他の利用者の方には本当にご迷惑をおかけしてしまったなと。

 で、そいつは結局2時間以上も居座り続けてまして。結局ガードマンさんに連れ出してもらいました。まったくこっちの言ってることが通じなかったので。疲れた一日でした。はああ。

July 06, 2005

魁!!クロマティ高校の

映画に対して本物のクロマティが怒っているなんていう話はもうネット上では既出なわけですが。個人的には「ろじっくぱらだいす」の7月5日の日想のようなことであって欲しいと思うわけです。というか宮下殴っといて暴力のイメージも何もないってば。

8日に小学校へブックトークに行く予定でして、今それのためにストーリーテリングを覚えている最中。ということでそれまで更新は滞るはず。というか何こんな時間に更新してんだか。

July 01, 2005

万博へ

050629-1451
行ってきました。といっても遊びではなく、紙芝居を読むというボランティアです。

朝9時に万博八草に集合し、そこからシャトルバスで目的地の瀬戸会場へ。場所は瀬戸愛知県館1階のにぎわいの里。そこで午前と午後、約1時間ずつ行った。私が読んだのは「たべられたやまんば」と「あひるのおうさま」

 で、お客さんの入りなのですが・・・非常に極端。いっぱいの時もあれば、数人の時も。なぜかというと会場の上の方では定期的に(数十分ごと)「森の劇場」というシアターを上映しており、その客が一気に流れ込んでくるのです。(でもそれ以外はあまり流れてこない)その上、ひとつの話が終わるとすべてが終了と思われてしまうのか石を立ってしまうのです。(一応反応はいいみたいなんですけどね)上の写真は、入っているときの様子。

 まあなんとか、いい感触で終わったようです。

 その後、瀬戸会場を見ることに。まず、前に書いた「森の劇場」シアターを見る。映像はキレイで、めずらしいものが見られたという感じ。

 それから、その隣にある「瀬戸日本館」。3ステージに分かれており、最初は日本をイメージした映像が流れるプロローグ。周囲の和紙に映像が映されるのだが、これがあんまりピンとこない。安っぽいCGという感じで。日本のよさを伝えるというのだったら、JRの「そうだ、京都行こう」で使われる京都の映像流せばいいのに。流れる音楽はいいのだが。
 で、次のステージは、「一粒の種」とかいう叙情劇とやら。円形の劇場で、台詞を集団で語るとか言う「群読」などというのをやってたんだとさ・・・と、凄く冷たい書き方をしているが・・・もうね、すっげえつまんねえ。

 何ていうんだろ・・・これを作った奴らに。「お前のオナニーなんか見たかねえんだよ」

 だもんだから、ラストステージのアートギャラリー「光と風の庭」心なごむよね。たくさんの風車キレイだったなあ。まあ、肥溜めを見た後に沖縄の海を見るようなもので。(どういうたとえなんだか)

 ということで、瀬戸会場はもう充分です。というかこれだけしかありません。あとは自然を満喫してください。私はもういいです。次回、8月の時は終わり次第即長久手に行きます。(笑)

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