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スポーツ

November 01, 2007

まさかこんな結末になろうとは

 ドラゴンズ日本一!

 仕事帰り、携帯で戦況をチェックしていたのだが、山井投手がずーっとパーフェクト。「このままいっちゃうの?」と、焦りながら帰宅。

 するとマウンドには岩瀬投手。

 8回までパーフェクトの投手を交代!これには賛否両論あるとは思うし(後記・やくみつる氏や玉木正之氏は相当批判していた。特に後者)、そう言いたくなる気持ちもわかるのだけれど、私は勝利への執念だと思っている。(完全試合見たかったという気持ちも、もちろんあったけど)私は落合監督の決断を尊重したい。(後記・山井本人によるとマメがつぶれたとか。)

 とにかく、53年ぶりの日本一・・・本当に嬉しい。嬉しい。嬉しい。

 ということで、試合はすべてレコーダーに録画してあるし、今夜の各局の特番はほとんど録画予約設定すみ。日曜が過ぎたらゆっくりと見ようと思う。

October 19, 2007

空気読まずに勝ちに行け!

 ドラゴンズ、クライマックスシリーズ第2ステージ2連勝、日本シリーズに王手!


 帰ってきたらテレビ中継は9回表、「ビョン様」ことイ・ビョンギュがホームランを打ったところで、思わずガッツポーズ。


 最後は岩瀬の最近お得意、「ひとりくらいはランナー出してやってもいいが点はやらねえぜ」投法で見事に締めて勝利。いよいよあと1勝で日本シリーズですよ。


 しかし、今日の中継、ひどい偏向放送だった。テレビ朝日だったのだが、負けてる9回裏なんて「いかにジャイアンツが奇跡を起こすか」しか話してないんだもの。試合終了後、解説の東尾と栗山なんて「今さっき実家が全焼しちゃった」みたいな顔してたし。やっぱりみんなジャイアンツの勝ちを望んでるんだな。そんなもんだとは最初からわかってたけど。

 明日は第3戦。経済効果や視聴率しか考えてない東京のテレビ局の連中は、「空気嫁」と思ってるだろうけど、そんなもの一切読まずに勝ちに行ってくれ!

October 11, 2007

祝!

 本当はもちろん忙しいのだが、これだけは書いておきたい。あと、ここの後から、☆の部分までは文字の大きさ48ポイントくらいだと思っていただきたい。

  祝!内藤大助選手!王座(当然なんだけどね)防衛!!


 ☆
 といっても、今これを書いている段階では映像は一切見ていないのだが。(携帯からのニュースで知った)大差で勝利と書いてあったので、それはかなり相当に問題外なくらい差がついていたのだろう。(予想ではKO勝ちでないと、向こうに手心が加えられてしまうと思っていた)

 そういえば対戦相手のゴキブリは「負けたら切腹する」とか言っていたらしいが、どうせやってないのだろう。なんだかんだ言い訳をまくしたててごまかしているのだろう。こういう類のゴキブリはだいたいそんなもんだ。

 私は、こういう類の「威張り散らす」「見下した人間は徹底的にさげすむ」「根拠のない虚勢を張る」人間が大嫌いである。だからここのゴキブリ三兄弟+父親とか細木数子とか石原慎太郎とか、本当に大っっっっっ嫌いである。(そこまでいわんでも)

 自然体で、威張らず、謙虚に人に接していきたい、そう思っている(できているかはともかく←多分できてない)

 なにはともあれ、内藤選手おめでとうございます!

September 08, 2007

鈴鹿・鈴鹿・富士・鈴鹿、富士・富士・鈴鹿・富士・鈴鹿。

 F1日本グランプリ、富士と鈴鹿で隔年開催になるらしい。

富士スピードウェイ株式会社(代表取締役社長:加藤裕明 以下、富士スピードウェイ)は、フォーミュラ・ワン世界選手権(F1)の開催権利等を管理するフォーミュラ・ワン・アドミニストレーション(会長:バーニー・エクレストン氏 以下、FOA)と、F1日本グランプリについて、2008年は富士スピードウェイで、2009年以降は鈴鹿サーキットと富士スピードウェイで隔年開催することで合意した。

FOAは、日本における東の富士スピードウェイと西の鈴鹿サーキットでF1日本グランプリを隔年開催することが、日本はもとより、全世界のF1ファンにとっても好ましいと判断し、富士スピードウェイに提案した。

富士スピードウェイはFOAからの提案を受け慎重に検討した結果、FOAの考え方は、今後のF1の発展と日本のモータースポーツの振興・発展に貢献するものであり、また、一国一開催のトレンドに即したものでもあると理解し、提案を受け入れた。

(Fuji Speedway Press Release)

 80年代にF1を好きになった私にとって、日本グランプリといえば、F1といえば鈴鹿だった。それだけに、鈴鹿でのグランプリが昨年で最後ということがとてつもなく寂しかった。思わず「富士〔トヨタでも可〕の野郎、やりやがったな」と思ってしまった。

 今回のような結論になったのは、ひとえに鈴鹿がすばらしいとFOAが認めていたということなのだろう。そうでなければこんな提案、出てこないだろう。〔ホンダに配慮した、というのもあるかもしれないけど〕それを認めた富士にも感謝、である。

 鈴鹿には94年に一度行ったきり。また、行きたいなあ。

March 05, 2007

ナゴヤドームに久しぶりに行ってきましたよ

 昨晩、ローソンの「ロッピー」の前に立った時にふと思い立ち、おそらく2年ぶりくらいにナゴヤドームに野球観戦に行ってきましたよ。オープン戦、ドラゴンズVSマリーンズ戦。

 マリーンズというかロッテを見るのはおそらく20年ぶり。やはりオープン戦で、当時は「ロッテオリオンズ」。しかもナゴヤ球場。何もかもがすべて変わりましたよ当然だけど。

 観客は多分1万くらい?平日の昼間だからそんなもの。おかげでゆったりと観ることができましたよ。今度見に行くとすれば25日のベイスターズ戦くらいかな。

 ・・・え?試合結果?・・・負けましたよ。実は8回裏で所用のため途中退席したのだが、それまでドラゴンズはなんとノーヒット。で、見ていなかった9回に代打立浪のヒットなどで2点返したそうだが・・・。あ、ジョニー黒木を見られたのは嬉しかったなと。

 

October 09, 2006

マジック1!

 本日、神宮球場でのスワローズ戦に10-1で勝利した「わが」ドラゴンズは、ついにマジックが1となりました。いや、本当に長かった。長く感じた。原因のほとんどはタイガースの驚異的な粘りである。ここ1ヶ月、ドラゴンズ以外にはほとんど負けていないのだから。一時は本当に逆転されるのではないかと思った。敵ながら凄い、強いと感動する。

 2003年からセリーグの優勝は、T→D→T→D(予定)と分け合ってきた。まさに竜虎時代である。この勢力図はこの先当分続くのではないだろうか。

 それにしても、マスコミの態度には腹がたつ。ドラゴンズの優勝に対してシラけた目で見ているところがかなり多いのである。週刊プレイボーイは「セリーグを盛り上げるためにタイガースに優勝してほしい」とか書いているし、アエラは「ドラゴンズが優勝しても、当の中日が喜んでいない」とか書いてるし・・・。

 まあ、そんな結局金感情か視聴率のことしか考えていないマスコミはほっといて、私は明日の胴上げを心待ちにする次第である。へいへーい。

December 15, 2005

仰木彬監督死去

 原稿を書きながらネットで新聞サイトとかを見ていると、衝撃的なニュースに遭遇。元バファローズ監督・仰木彬氏・死去元オリックス監督の仰木彬さん死去

2005年12月15日23時17分
 プロ野球の近鉄とオリックスで監督を務め、大リーグの野茂英雄投手やイチロー選手らを育てた仰木彬(おおぎ・あきら)さんが15日、死去した。70歳だった。球団関係者が同日、明らかにした。
 仰木さんは福岡県出身。福岡・東筑高卒。54年、西鉄(現西武)ライオンズ入団。二塁手で活躍した。67年に引退後、西鉄と近鉄バファローズ(当時)でコーチに。
 88~92年、近鉄監督。巧みな選手起用で勝機をつかむ采配は「仰木マジック」と呼ばれた。なかでも88年10月19日、シーズン最終戦にリーグ逆転優勝をかけたロッテとのダブルヘッダーは「10.19 川崎球場」として知られ、パ・リーグの歴史に残る名勝負を演じた。89年、リーグ優勝を果たす。
 94~01年、オリックス・ブルーウェーブ(当時)監督。若手の鈴木一朗選手の登録名を「イチロー」と変えて話題を呼んだ。阪神大震災の起こった95年、「がんばろう神戸」をスローガンに掲げてリーグ優勝。96年、日本シリーズで巨人を倒して日本一となった。
 04年、野球殿堂入りを果たした。05年、近鉄と統合したオリックス・バファローズ初代監督に。04年まで3年連続最下位だったチームをAクラス争いするまでに導いた。だが今年9月、体調不安を理由に監督を勇退。球団のシニアアドバイザーに就任していた。
 監督通算成績は勝利数歴代12位の988勝815敗53分け。勝率は5割4分8厘。
つい最近まで監督として指揮していただけに、衝撃的なニュース。

 間違いなく名監督だろう。優勝3回の実績もそうだし、何より野茂・イチローという名選手を世に送り出した。この功績は光り輝いていると思う。マスコミ露出の少ないパリーグで何とか話題を作り出そうと色々頑張っていたという印象が強い。

 おそらく同僚だった豊田泰光は怒り狂うだろうなあ。彼を死の直前まで現場に引っ張り出したプロ野球界に対して。(杉浦忠の時も、彼を引っ張り出したマスターズリーグに対して怒ってたもの、週刊ベースボールのエッセイで)いや、本人は現場に立つことを喜んでいたかもしれないけど。

 謹んで、ご冥福をお祈りいたします。

October 19, 2005

今日発売の

 週刊ベースボールを見ると、マリーンズ優勝が巻頭グラビア。(こういうのグラビアって言うのだろうか?)「おお、仕事はやいなー」と思いながらページをめくると、40ページくらいまでタイガース-マリーンズの日本シリーズ展望記事。「いくらなんでも仕事早過ぎないか」と一瞬思ったのだが、よく考えれば事前に用意してあったのだろう。解説者にも両方(ホークス優勝の場合と、マリーンズ優勝の場合)の原稿またはコメントをお願いしてあったのだろう。

 てことは、「ホークス優勝の場合」の日本シリーズ展望記事ももちろん存在するのだろう。もちろんマリーンズ優勝でボツになったわけだが。うーん、読んでみたい気も。

October 17, 2005

マリーンズ優勝

 千葉ロッテマリーンズが、福岡ソフトバンクホークスとのパリーグプレーオフ第2シリーズを制し、日本シリーズ進出決定。

 歓喜するマリーンズファンの映像をみるにつけ、「よかったなあ」と少々涙ぐむ。31年ぶりだからなあ、前回のメンバーなんて村田とか有藤とか、監督が金田正一だもんなあ。長島茂雄が現役引退して、ドラゴンズがジャイアンツのV9を阻止して、その時のメンバーが高木・島谷・谷沢・星野・木俣・鈴木孝だもん。私は3歳、記憶にないよ。

 しかし、それと同時にホークスを少々気の毒に思う。2年連続でシーズン1位ながら日本シリーズ行けないんだものなあ。短期決戦に弱いといえばそれまでなんだろうけど。日本球界のアトランタ・ブレーブスですよ。

 プレーオフ、どの試合も熱戦だった。でもそれはそれとして、やはりこのプレーオフという形式はどこかおかしいと思う。落合監督じゃないけど、「シーズンは何だったの」ですよ。せめてリーグを東西に分けて(ただパリーグだと東日本に4チーム、西日本に2チームなんだけど)それぞれの1位が争うという形式ならまだしも。

 さて、日本シリーズだが、私は現状ではマリーンズ優位と見ている。マリーンズが5日前まであんな熱戦をしていたのに比べ、タイガースは17日も試合から遠ざかっていた、優勝決定からは29日も間が空き、緊張感からは遠ざかっていたという点が大きいと思っている。しかも1戦・2戦は千葉マリン、マリーンズ連勝の可能性は大だと思っている。さて、どうなるだろうか。

October 09, 2005

佐藤琢磨よ来年はどこへ

 今日、仕事帰りに名古屋駅に行ったところ、やけに人が多い。7時半過ぎに駅西口の「エスカ」という地下街に入ったところ、きしめんとか、みそかつとか、ひつまぶしとか、名古屋名物の飲食店には軒並み行列ができている。(特に、みそかつの「矢場とん」と、みそ煮込みうどんの「山本屋総本家」)「万博は終わったはずなのに、なぜ?」と思っていたのだが、並んでいる人の服装を見てわかった。

「あ、F1やってたんだ。」

 名古屋駅がやけに混雑していたのは、鈴鹿サーキットから帰ってきた人たちでごった返していたからであった。その服装は、主だったものは「BAR」の赤・黒・灰色、「ルノー」の水色、そして「フェラーリ」「トヨタ」の赤。せめてひとりくらいミナルディのユニフォームを着ていて欲しかった。(←無茶言うな)

 中継、録画してあるのですが、まだ見てません。見る前にYahooで結果知っちゃったもので。佐藤琢磨、失格でしょ。がっくり。
 
 来年、琢磨はどこに行くのでしょうか。というかシート取れるのでしょうか。ベストはウィリアムズ、ベターはホンダがプッシュするという新チーム、最終手段はジョーダンというところか。もちろん最悪はシート喪失。がんばれ琢磨。